記憶の汀

~大学図書館司書のとりとめのない日々のこと~

新鋭短歌シリーズ:蒼い世界を覗いてみよう

みなさんこんばんは。

引っ越してきた近所に区立図書館があります。

詩歌の棚が充実していて嬉しい限り。ありがたいなぁ。

 

書肆侃侃房さんが出版している新鋭短歌シリーズを借りて読んでいました。

歌集は1冊1冊の価格がわりと高額なので、借りられる機会をずっと窺っていたのです笑

現在、シリーズとして60冊ほど刊行されているようです。定価1700円。

 

まだ全冊を読了したわけではないのですが、いろいろと学びがありました。

 

まず、こういう歌が載っているんだけど、私には良さがわからなくて読んでいて苦しかった。作者に罪はないのだけれど。

私に「読み」の力が不足しているのが原因なのかな。それとも、方向性の違いかな。

 

「ペンギンが餌を求めて飛ぶときの北の故郷の祖母の脱糞」

「だんだんと冗長になるセックスの明日何時に起きるんだっけ」

望月 裕二郎『あそこ』 (新鋭短歌シリーズ11)

 

「戦闘機ぶつかりそうになりながら空に描いてゆくテラアート」

「愛用のアプリによると仏滅は二千年後も健在である」

「座ってただけだったのに誌上での僕は何度も(一同笑)」

岡野 大嗣『サイレンと犀』 (新鋭短歌シリーズ16)

 

「非常口となりますので物等を置かないでくださいが揺れてる」

「もうどこも動いてないねどうします うちに避妊具いるけど見にくる」

「いいですか 一度だけしかしませんよ よぉく見ていてくださいね 泣く」

伊舎堂 仁『トントングラム』 (新鋭短歌シリーズ18)

 

歌の良し悪しではなくて、私自身がこういう短歌って苦手なんだなぁ・・・と思いました。

どういう反応をしたらいいんだろうって考えてしまう。考えても答えなんて出ないんだけど。

 

一方で、いいなぁと思う歌もたくさんありました。

静かな叙情、なめらかな比喩・・・。

 

「濡れた髪拭わぬままに横たわる夜半の憂いは水の香帯びて」

「姉であることを忘れるウエハースひとひら唇に運んでもらう間」

「窓越しの夕つ光に晒されるわがドキュメント未決裁のまま」

「記すべきものを記していちまいの退職届用紙のかるさ」

「午後光はデスクをあわく照らすだろう明日より不在のわたくしのため」

「閉じられる窓ひとつある離職の日ここから見える景色があった」

天道なお『NR』(新鋭短歌シリーズ5)

 

「春の日に手を振っている向かい合うことは誰かに背を向けること」

「誰ひとり降りない駅のホームにも誰かのためのひかりは灯る」

「ひとすじの雨になりたいまっすぐにあなたに落ちていくためだけの」

「胸のうちにまだ香りたつ日々のなか小さな部屋で栞を失くす」

田中ましろ『かたすみさがし』 (新鋭短歌シリーズ8)

 

「胸にある祈りのような白きもの そっとそっと光のなかへ」

「きみのもつきみの記憶が懐かしいラピスラズリの青の手触り」

「いつのまに失くしたろうか朝に知るうすむらさきの傘の不在を」

「かなしみが遠のくときはしんとして雨やむ空を見るかたつむり」

「手をひたし水の想いで目をとじる 澄んでゆきたい 澄んでゆきたい」

「交換は無理だとおもうわたくしとあなたの部品は微妙にちがう」

岸原 さや『声、あるいは音のような』 (新鋭短歌シリーズ9)

 

「フィールドに白いラインを引く人のように遠浅の渚を歩く」

「海に来れば海の向こうに恋人がいるようにみな海をみている」

「明け方の静かな月が好きだったきみをよく知る窓辺と思う」

五島 諭『緑の祠』(新鋭短歌シリーズ10)

 

「おとうふの幸せそうなやわらかさ あなたを好きなわたしのような」

「かきつばたすみれやまふじれんげそう 夏が始まる前に触れたい」

「むずかしいことはなんにもわからないただ君をたいせつにする日々」

「願わくばこの毎日がゆるやかに<とある未来>へ続きますよう」

「すきだろ、と拾ってくれた桜貝の微熱にきみは気づいていない」

嶋田 さくらこ『やさしいぴあの』 (新鋭短歌シリーズ12)

 

「幸せと言わねばならぬ虚しさに心はゆっくり折りたたまれる」

「むらさきは遠くに見えてしまう色ひとり見上げる藤の花房」

「振り向かぬ君は桔梗を思わせてさようならにも色があるらし」

中畑 智江『同じ白さで雪は降りくる』 (新鋭短歌シリーズ15)

 

「待つという時は藍色 ひとつだけしまい忘れたガラスのコップ」

ジャスミンがあまりに白く咲きはじめあなたが最後に私にふれた日」

「丁寧に傘をひろげるあの人はたぶん何かを手放してきた」

「混んでいる電車で私のとなりだけ空いてるような不安かかえて」

「この人もさようならだろう 一日をコーヒーで始めたいなんて言うから」

浅羽 佐和子『いつも空をみて』(新鋭短歌シリーズ17)

 

「一、二、三 陽の射す窓に空壜を思い出順に並べています」

「リプトンをカップにしずめてゆっくりと振り子のように記憶をゆらす」

蒼井 杏『瀬戸際レモン』(新鋭短歌シリーズ27)

 

「剃刀を頬の産毛にあてているわたしにだって裏側がある」

「名も顔も知らないけれど窓際に花を絶やさぬ角部屋のひと」

「おやすみも云わなくなったと気がついて 一拍遅れた淋しさがある」

「さよならが浮かぶ時々。うっすらと味がしていてまだガムを嚙む」

「かなしみに輪郭をあたえるように手のひらで汲む地球の水を」

「借りたまま返さぬひとが多いのか東京駅の星は少ない」

「この夏も何もないままよく冷えた麦茶にばかりくちづけをする」

toron*『イマジナシオン』(新鋭短歌シリーズ60)

 

※笹井 宏之『八月のフルート奏者』は、好きな歌が多すぎたのでまた別の機会に。

 

新鋭短歌シリーズ、読んでみてよかった。

それでは。