記憶の汀

~大学図書館司書のとりとめのない日々のこと~

歌集いろいろ

みなさまこんにちは。

最近、歌集と句集をずっと読んでいました。

以下、備忘。

 

阪森郁代『パピルス

「著者は塚本邦雄門下の俊秀。この端麗な詩の森をさまよつてしばし時を忘れるがよい」という岡井隆の帯文がついている。

「帰り来て部屋に聴きをりしろがねのたぐひまれなる月の余韻を」

 

実作してみるとわかるのだが、俳句と短歌はまったく異なる生理が働いている。

正木ゆう子『夏至

「星月夜わが身も消ぬと思ふまで」

「水神を女とおもふ春うれひ」

「名は忘れ香水赤き瓶とのみ」

「涼しさをいへば涼しく振り向かれ」

 

片山由美子『香雨』

「あけぼのや春の音とは水の音」

「一日の終りの祈り冬薔薇」

「ふくれくる涙に映る若葉かな」

「香水をえらぶや花を摘むごとく」

「すみれ色時といはむや春夕べ」

シクラメン窓辺の花と思ひけり」

 

長井亜紀『すみれ』

2022年5月に甲状腺がんで亡くなった「古志」同人の著者、遺句集。俳句の愉しさを思い出させてくれた。ほんとうにいい。書名となった素敵な句はこちら→「そのときは菫となりて君のまへ」他にも趣深い句がたくさんあった。

「紅椿はわが恋の色くちびるに」

「桔梗やうごかぬ指のいとほしく」

「日をあびて木の実のなかで眠りたし」

「どこまでが空どこまでが海夏の恋」

「花ふぶく花のいのちの澪つくし

 

田江岑子『鑿を研ぐ泉』

著者は1925年(大正14年)生まれ。三鷹古書店で購う。署名入り。100円だったが、Amazonでは高値で取引されている。思いがけず好きな作風の歌に出会った。

「水の辺に蝶を追いいきどこまでも午前の光ははなだいろなす」

「貝殻はいのちあらねど母を恋うこころ通いてわが掌に鳴るや」

「帰りなとやさしかれども透きとおる水のごとくにさびしと思う」

「風ねむる午後と思えど待つこころ桔梗の花のいろほど冴えて」

「月も芒も言葉を持たぬうつくしさ汝が抱擁の迷いもあらず」

「ブラウスに風孕む野よまろびつつ薄荷の匂う脣重ぬ」

 

横山未来子『とく来りませ』

歌誌「心の花」選者。『とく来りませ』は、讃美歌94番の歌詞〈久しく待ちにし主よとく来りて〉が元になっている。

「水に触るるごとくかをりにふれて見る薄日のなかの梔子の白」

「ひとのをらぬ部屋に入りて水仙のかをりのなせる嵩をくづしぬ」

「室内にちひさき光とどきゐていづくにか冬の水の揺れをり」

「いくつかの冬を眺めてしづかなるこころ持ち来つこの木の椅子に」

「点描の朝焼けの海追憶はひかりのなかへ散りゆくものか」

 

原慎一郎『滑走路』

遺歌集。夭折が惜しまれる。

「きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい」

「われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を」

「小説の時代だけれど俺たちでなんとかしようぜ。絶対にな」

「今日という日もまた栞 読みさしの人生という書物にすれば」

「遠くからみてもあなたとわかるのはあなたがあなたしかいないから」

「いつまでも少女のままのきみがいて秋の記憶はこの胸にあり」

「非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている」

 

数年ぶりに河野さんの歌集をきちんと読みたいと思った。

河野裕子『歩く』

1996〜2001年までの作品493首を収録した第九歌集。 歌集後半には、自身の病いを知ることとなる。 文体はいよいよ平明さを増してゆく。第12回紫式部文学賞、第6回若山牧水賞受賞。

「さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり」

「白萩に白萩こぼるるひるつかた遠くまで陽が照り追憶に似る」

「夕ひかり静もり翳りてゆくなかにひとつしらうめ瞬きにけり」

 

河野裕子『母系』

母の死、そして自らの病を見つめた第十三歌集。ここにはひとつだけ挙げておく。いいなと思う歌がたくさんある。

「遺すのは子らと歌のみ蜩のこゑひとすぢに夕日に鳴けり」

 

河野裕子『葦舟』

再発した癌と正面から闘い歌を作り続ける著者の、迢空賞を受賞した『母系』に続く第十四歌集。

「誰からも静かに離れてゆきし舟 死にたる母を葦舟と思ふ」

「家、財産よりも大事なひとがゐることが大事、真水のやうな娘のことば」

「葉を描くにみどりの絵の具は要らないと絵を描く姪が教へてくれぬ」

「はつかなる風のあるらし陽の方(かた)へさくら花びら透きつつ流る」

 

河野裕子『蝉声』

死の前日までの427首を収録。そういえば私が塔に入ろうと思ったのは河野さんの歌集がきっかけだった。大事な歌集だ。

「冬枯れの日向道歩み思ふなり歌は文語で八割を締む」

「水の面に落花してゆく夕桜白く透きつつあはれにぞ見ゆ」

「みちのくに白コスモスを見たる日は健やかなりき君の傍へに」

「みほとけに縋りてならずみほとけは祈るものなりひとり徒(かち)ゆく」

「わが知らぬさびしさの日々を生ゆかむ君を思へどなぐさめがたし」

「カーテンのむかうは静かな月夜なり月のひかりにぬれつつ眠る」

「さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ」

「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」

・・・こういう真に充実した短歌にこれからも出会いたいと切望する。